富山地方裁判所 昭和52年(ワ)46号 判決 1978年2月24日
東京都目黒区青葉台四丁目四番三号
原告
中屋久憲
富山市桜木町一番一一号
被告
佐藤工業株式会社
右代表者代表取締役
佐藤欣治
右訴訟代理人弁護士
大庭登
主文
一 原告の請求はいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 第一次請求
(一) 昭和五一年一二月二二日午前一一時開催された、被告の第四五期定時株主総会における、 別紙目録記載の議案を原案どおり承認及び選任する旨の各決議はこれを取消す。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 第二次請求
(一) 昭和五一年一二月二二日午前一一時開催された、被告の第四五期定時株主総会における、別紙目録記載の議案を原案どおり承認及び選任する旨の各決議は、無効であることを確認する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、証券取引所に上場されている株式の発行会社で、資本金六九億三、〇〇一万六、五〇〇円(昭和五一年一二月二二日当時)の、建設業を営む株式会社であり、原告はその株主である。
2 被告は、昭和五一年一二月二二日午前一一時、第四五期定時株主総会(以下本件総会という)を開催し、右総会において、別紙目録記載の議案(以下本件議案という)につき、原案どおり承認及び選任する旨の各決議(以下本件決議という)がなされた。
3 本件決議には次の瑕疵がある。
(一) 株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下商法特例法という)一七条によれば、定時株主総会の招集通知には、同法一三条一項により会計監査人から取締役及び監査役に提出された監査報告書の謄本を添付しなければならないとされているのに、本件総会の招集通知には、会計監査人から代表取締役あての監査報告書の謄本が添付してあるのみで、監査役あてのそれの謄本を添付していないから、本件総会の招集手続は同法一七条に違反する。
(二) 上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する規則(以下勧誘規則という)三条によれば、勧誘者が被勧誘者に対して提供する委任状の用紙は、株主総会の目的である全議案について被勧誘者が賛否を明記することができるようなものでなければならないとされているのに、本件総会の招集通知と共に株主に発送された委任状用紙(以下本件委任状用紙という)は、本件議案中別紙目録記載二の議案(以下第二号議案という)について賛否が明記できるようになっているのみで、同目録記載一の議案(以下第一号議案という)について賛否が明記できるようなものではないから、本件委任状用紙は同規則三条に違反する。しかるにこれを適法として第二号議案の決議がなされたものであるから、このことは本件決議の取消事由に該当する。
(三) 委任状には受任者名が記載されていることが必要であるのに、本件総会で行使された委任状(以下本件委任状という)は受任者欄が白紙になっており、何人が受任者か不明で、又受任承諾書もなかったから、委任状として完成されていない不適法なものである。しかるにこれを適法として第二号議案の決議がなされたものであるから、このことは本件決議の取消事由に該当する。
(四) 本件総会会場内に本件委任状が存在しなかった。しかるにこれを存在するものとして議決権数に算入して第二号議案の決議がなされたものであるから、このことは本件決議の取消事由に該当する。
(五) 本件委任状用紙によると、第二号議案について賛否を問うのに、「原案並びに参考書類記載の候補者に対し」、「賛」「否」いずれかの欄に○印をつけるという方法が採られているが、かかる方法による議決権の行使は書面投票に外ならず、現行商法の認めないところである。しかるに本件総会ではかかる方法によって第二号議案の決議がなされており、このことは本件決議の取消事由に該当する。
(六) 会社に提出された委任状につき、議長は総会の議案審議に入る前に、その真正性と適法性についての審査結果及び賛否の数を報告する義務があるのに、本件総会においてはその報告がない。又本件総会では、会社(議長)に提出された委任状が、会社(議長)から代理人に交付されていない。従って、本件総会では、出席株主は委任状について何ら知らされていない。このことは本件決議の取消事由に該当する。
(七) 本件総会の第一号議案の決議につき被告の役員は特別の利害関係を有するが、本件総会の出席株主の議決権数八、一五二万三、四三六個に出席役員の議決権が含まれているのか否かの報告がなく、結局第一号議案の決議につき出席役員の議決権が行使されたものと解さざるをえない。このことは本件決議の取消事由に該当する。
(八) 取締役の選任方法として、議長が候補者を指名しこれを選任するという方法を採る場合は、議長指名の方法による旨の決議と指名者についての選任決議との二つの決議が必要である。しかるに第二号議案の決議においてはこの方法が採られたのに、右の手続が履践されていない。このことは本件決議の取消事由に該当する。
(九) 本件総会には、被告の取締役二七名中一六名しか出席しておらず、又一一名の欠席理由の報告がないから、取締役全員が会社に対する忠実義務及び善管注意義務に違反し、又株主の説明請求権を侵害したものであり、更にこのことを放任した監査役も職務怠慢であって、本件総会は著しく公正を欠く違法なものである。よって本件決議は無効である。
(一〇) 総会の決議は出席株主全員が賛否いずれが多数かを確認することが可能な方法でなされねばならない。しかるに本件総会では、本人出席者数及び委任状による出席者数の報告がなく、又委任状による出席者については何人が受任者で議決権の代理行使をするのか不明であった。更に委任状の所在も明確でなく、その結果出席株主は決議の結果の確認が困難であった。よってかかる方法によりなされた本件決議は無効である。
(一一) 第二号議案の決議に際して、被告は議案に反対の株主の委任状を議決権数に算入していない。これは株主の議決権行使の妨害であり、かかる方法でなされた第二号議案の決議はその方法が著しく不公正である。よって本件決議は無効である。
(一二) 商法特例法三条によれば、会計監査人の選任には監査役の過半数の同意を得ることが必要であるが、被告は会計監査人の選任につき、監査役の過半数の同意を得なかった。よって右選任は無効であり、第一号議案の対象である計算書類は、無効な方法で選任された会計監査人が監査したものであるから、同議案の決議は無効である。
(一三) 被告の第四五期営業期間中に開催された取締役会のうち、監査役が監査のため出席すべき取締役会は五回であるが、被告の四名の監査役の出席状況は最も多く出席した者で二回、他の者は一回又は全回欠席である。よって監査役は第一号議案の対象である計算書類を監査していないものというべきであるから、第一号議案の決議は無効である。
4 よって原告は、第一次請求として3の(一)ないし(八)の各事実に基づき、商法二四七条によって本件決議の取消を求め、第二次請求として3の(九)ないし(一三)の各事実に基づき、同法二五二条によって本件決議が無効であることの確認を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び同2の事実は認める。
2 請求原因3の(一)の事実は否認する。
会計監査人の監査報告書は取締役及び監査役にあててそれぞれ提出しており、内容が同一のものであるので、株主総会の招集通知書には、取締役あての監査報告書の謄本の外に重ねて監査役あての監査報告書の謄本を添付する必要はない。
3 請求原因3の(二)の事実は否認する。
本件委任状用紙は、株主総会において委任状による出席株主の議決権の行使を必要とする事項について賛否を明記することができるようになっている。
4 請求原因3の(三)及び同(四)の事実は否認する。
本件委任状は、勧誘規則に基づき、商法二三九条三項の「代理権ヲ証スル書面」として完成されたもので、これを本件総会会場において受任者倉起康行が持参所持して議決権の代理行使をしたものである。なお、受任者の受任承諾書は、議決権の代理行使に必要な文書ではない。
5 請求原因3の(五)の事実は否認する。
「原案並びに参考書類記載の候補者に対し」,「賛」、「否」とあっても書面投票にはならない。
6 請求原因3の(六)ないし(八)の主張は、商法二四八条に違反し、不適法であるから主張自体排斥されるべきである。
7 請求原因3の(六)の事実は否認する。
議長には、委任状の真正性と適法性についての審査結果及び賛否の数を総会に報告すべき義務はない。
8 請求原因3の(七)の事実は否認する。
第一号議案についての特別利害関係人の議決権数は八九八万五、〇四九個であるが、第一号議案の決議からはこれらの特別利害関係人(出席役員一九名)の議決権は除かれている。
9 請求原因3の(八)の事実は否認する。
第二号議案の決議に際しては、議長指名の方法による旨の決議及び指名者についての選任決議のいずれもなされている。
10 請求原因3の(九)ないし同(一三)の事実は争う。
11 請求原因4は争う。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因1及び同2の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因3の(一)の主張について
成立に争いのない乙第一号証によれば、本件総会の招集通知には、会計監査人から取締役に提出された監査報告書の謄本が添付されているが、監査役に提出されたそれの謄本が添付されていないことが認められる。原告は、監査役に提出された監査報告書の謄本が添付されていないから、本件総会の招集手続は商法特例法一七条に違反すると主張するけれども、同条を右のように解すべき理由はない。同条が定時株主総会の招集通知に会計監査人の監査報告書の謄本を添付すべき旨を定めた趣旨は、定時株主総会における計算書類の審議を充実し、その適正を図るためである。同法一三条一項は、会計監査人は監査報告書を取締役と監査役に提出しなければならない旨を定めているが、その記載内容は同条二項に定めるとおり同一である。同法一七条はこの監査報告書の謄本を添付すべきことを定めているのであって、取締役あての監査報告書と監査役あてのそれの記載内容が異なることを前提としてそれぞれの謄本を添付すべきことを定めたものではない。従って、その謄本は一通をもって足り、本件のように取締役あての監査報告書の謄本が添付されている場合に、さらに同一内容をもった監査役あての監査報告書の謄本を添付しなければならないとする理由は全くない。よって原告の右主張は失当である。
三 請求原因3の(二)の主張について
成立に争いのない乙第二号証によれば、本件委任状用紙は、第二号議案について賛否を明記できるようになっているが、第一号議案について賛否を問う記載がないことが認められる。しかしながら、勧誘規則三条は、勧誘者が被勧誘者に対して提供する委任状の用紙は、当該委任状により議決権の代理行使を勧誘する議案について、被勧誘者が賛否を明記することができるようなものであることを要求しているにすぎず、それが総会の目的たる事項であるというだけの理由で、当該委任状により議決権の代理行使を勧誘してない議案についてまで賛否を明記できるものであることを要求しているものではないと解するのが相当である。そして、前記乙第一、第二号証、証人倉起康行の証言及び検証の結果によれば、本件委任状用紙により議決権の代理行使を勧誘しているのは第二号議案に関してのみであることが認められるから、同議案についてのみ賛否を明記できるようになっている本件委任状用紙には何ら違法な点はない。よって原告の右主張は失当である。
四 請求原因3の(三)の主張について
証人倉起康行の証言によれば、本件委任状には受任者名は記載されておらず、又受任者の受任承諾書も作成されていなかったことが認められる。しかしながら、右のような委任状であってもその所持者は委任状の所持自体によって受任者たる資格を主張でき、その者のなした議決権の代理行使は適法かつ有効と解するのが相当であるから、原告の右主張は失当である。
五 請求原因3の(四)の主張について 証人倉起康行の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、成立に争いのない乙第一一号証、証人倉起康行の証言を総合すると、富山市本丸一番三三号富山美術館において本件総会開催中、本件委任状は被告の社員である倉起康行が代理人として総会会場内の最後列の椅子付近において所持していたことが認められるから、原告の右主張は失当である。
六 請求原因3の(五)の主張について
前記乙第二号証によれば、本件委任状用紙には第二号議案として「原案並びに参考書類記載の候補者に対し」、「賛」、「否」の欄があり、株主の指示に従って代理人が議決権を行使するようになっていることが認められる。しかしながら、本件委任状を提出した株主は、受任者たる代理人によってその議決権を行使するものであるから、これを書面投票と同視することはできず、原告の右主張は失当である。
七 請求原因3の(六)ないし(八)の主張について
商法二四八条一項は、決議取消の訴は決議の日から三カ月内にこれを提起することを要する旨定めている。右規定は、決議成立過程の瑕疵が、瑕疵としても比較的軽微であること。時の経過によりその採証が困難となることを考えてできるだけ早期に決議の効力を明確ならしめるために設けられたものであるから、この期間は決議の瑕疵の主張そのものを制限したものとみるべきであって、この期間経過後に新たな取消原因を追加することは許されないものと解すべきである。しかるところ、請求原因3の(六)ないし(八)の主張はいずれも本件決議取消の訴提起期間経過後に新たに追加されたものであることは記録により明らかであるから、右の各主張はいずれも同条項に違反し許されない。よって右の各主張はいずれも失当である。
八 請求原因3の(九)ないし(一三)の主張について
原告の主張するところは、取締役及び監査役の義務懈怠、本件決議の方法の不当、並びに会計監査人及び監査役による計算書類の監査の無効であるが、右のような事由があったとしても、そのことで本件決議の内容が法令又は定款に違反し決議が無効であるということにはならない。よって原告の右主張は主張事実の有無につき判断をするまでもなく失当である。
九 以上によれば、第一次的に本件決議の取消を求め、第二次的に本件決議の無効確認を求める原告の本訴請求はいずれも理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大須賀欣一)